全日本を牽引した城西支部に注目!

さて、前回は極真空手の城西支部の「試合クラス」について言及しましたが、今回もその続きをしていきたいと思います。

この城西支部の「試合クラス」の結果、体重無差別の全日本大会で4人の優勝者を出すことに成功しました。

84年の全日本大会において、その年の首都圏交流時代の重量級で優勝した22歳の黒澤浩樹(このひとの名を知らない極真ファンはいないと思いますが…)が初出場で優勝をするという快挙を成し遂げました。

浩樹
黒澤浩樹

その前年の世界大会にも、それまで城西支部出身で活躍していた増田章も出場していて、その名を轟かせていました。

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増田章

その次の年の全日本大会において増田選手も出場し、準決勝で松井章圭(現極真会館松井派館長)と戦い惜敗し3位入賞をし、黒澤浩樹も前年の勢いをかって決勝まで進むも、松井氏に惜敗し準優勝を成し遂げました。

注目すべきは、全日本大会の準優勝者と3位入賞者が同じ城西支部出身の選手であった事です。

その城西支部のトレーニング法については、松井氏も注目していて、城西支部に何回も出稽古をしていたエピソードはあまりにも有名です。

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松井章圭

その2年後におこなわれた第4回世界大会において松井章圭氏は準決勝の時、彼1人しか日本人が残っていないかつてないピンチのさなか、起死回生の上段蹴りで相手をマットに沈め、決勝でもかの有名なアンディフグに判定勝ちし優勝したことはあまりも有名です。

カカト
アンディフグ

もしも松井章圭館長が、城西支部に出稽古にいかなかったら、もしかしたら日本は負けていたかもしれない…そう思うと背筋がちょっと寒くなりますね。

その第4回世界大会での日本人の入賞者は、

優勝 松井章圭
3位 増田章
6位 黒澤浩樹
7位 七戸康博

の4人でした。

このことをみても、城西支部の稽古法の貢献がわかろうというものです。

今から10数年前に活躍していた数見肇選手の城南支部は全日本大会を牽引し、第5回世界大会でも八巻建志数見肇(優勝と準優勝)が活躍していましたが、この頃の城南支部は、まだ下積み時代といった観を呈していました。

この4回世界大会でも入賞者はいませんし、この2年前の全日本大会でも4回戦で城西の増田章と城南の八巻建志が対戦し、下段蹴りの技あり2つの合わせ一本で増田選手が勝ち、続く準々決勝では、後輩の八巻のカタキをとるべく、緑健児(現新極真会代表)が増田に挑むも下段蹴りの技ありを取られ、あえなく判定負けという辛酸をなめさせられました。

こうなっては、やはり誰もが城西支部に注目するでしょう。

その方法論を取り入れたくなるだろうと思います。

私の知り合いも城西支部に出稽古にいった時の感想を述べていましたが、そのあまりのハードさに舌をまいたといっていました。

「これだけやれば、そりゃ試合に強くなるわ!」といっていました。

私も出稽古に行ったことがありますが、それはそれは試合向けの稽古法で、かなりレベルの高い事をしているなと体感しました。

試合に勝ちたいと思ったら、地方支部のかたたちも頭を柔軟にして、城西支部などに出稽古に行き、その方法論を取り入れて自分の稽古に取り入れるのもいいと思います。

その城西支部「試合クラス」では、最初から基本稽古や移動稽古は一切やらず、最初はシャドートレーニングからはいるのです。

それから、コンビネーションの打ちこみ、ビッグミットトレーニング、受け返し、スパーリング、打ち合い、蹴り合い、補強…といった具合に稽古が進んでいくのです。

非常に試合向けだなと体感します。

●その稽古法も以下の情報商材に詳述しておきましたので、興味ある方は買って読んでみてくださいませ。

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今回はこれにて終了いたします。

ここまでのあなたのご精読に感謝いたします。
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城西支部の稽古方法を垣間見ましょう!

みなさん、こんにちは。

前回までは、極真空手の城南支部の稽古方法について講義してまいりましたが、今回は東京都下の城西支部の稽古方法について講義してまいります。

城西支部は、総本部の指導員だった山田雅稔師範によって78年に設立されました。

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山田雅稔師範

山田師範は、極真きっての理論家であり、これまでの極真空手の、「基本、移動、型」の稽古以外にも、別個に「試合クラス」を設けました。

そこでは、合同稽古のような、基本稽古や移動稽古はやらず、始めから、

シャドー、ミットの打ちこみ、力の抜いての受け返しの練習、スパーリング、ボディや足の打ち合い蹴り合い、腹筋背筋やジャンピングスクワットなどの補強運動…

こういったメニューで稽古内容が構成されています。

●この試合クラスの設立目的は、

「基本、移動、型の稽古では足りない試合用のテクニックやフィーリングを養う」

という目的であったようです。

それまでの極真の稽古(基本、移動、型)だけでは、試合では勝てるようにはならない、ということを山田師範は感じとっていたようです。

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その通りですね。

オーソドックスなワンツーも、基本の正拳突きとは別個に練習しなくてはモノにできませんし、ひざ蹴りも蹴る足と同じほうの肩を半身を切って前に出さないと強烈な蹴りにはなりませんから試合むけのミット練習をしなくてはいけませんし、ワンツーから上段へのコンビネーションも何百回も打ちこんでいかなくてはモノになりません。

受けにしても、相手が出す軌道やタイミングをすぐに察知してそれに反応して受ける、あるいは躱す練習をしなくては、試合では出来るようにはなりません。

●これまでの試合の稽古方法では、いきなり全力でぶつかりあっているのが当たり前でしたが、それでは怪我が絶えず、技術的な発展の余地がないのです。

しかし、城西支部の試合クラスでは、サポーターをつけて、力を抜いて相手に攻撃を出させて、それに反応して返し技を出すトレーニングをするのです。

こういうことをこなしてはじめて、受けが上手くなるのです。

また、スパーリングを多くこなすことによって、単発では相手が反撃してしまうし、自分のペースにならない、ということを体感してそれを矯正するための連打の練習をしなくてはいざ試合になったら負けてしまいますし、自分はどういったスタイルで試合を進めていけば有利に試合を運んでいけるかも多くのスパーリングをこなしていかなくてはわかりえません。

また、オーソドックスな構えから左上段蹴りを出す時にノーモーションで出すと効果的、といったことなど、その他もろもろ、試合に必要な事柄は試合用のトレーニングをたくさんこなすことによって初めて取得可能となる場面がたくさんあるのです。


●こういった、山田師範が設立した「試合クラス」の理論が功を奏し、80年代初頭からの体重別の首都圏交流試合では、どの階級でも城西支部の選手が優勝者はもちろん入賞者を独占し、城西支部発足から5年後の第15回全日本空手道選手権大会において大西靖人小笠原和彦という城西支部の選手による決勝対決が実現しました。

のみならず、それ以降の全日本大会において、

黒沢浩樹
増田章
田村悦宏


という全日本大会の優勝者を出すことに成功したのです。

これほど多数の全日本チャンピオンをだした支部は、あとにもさきにもこの城西支部以外にはあり得ません。

山田雅稔師範が、極真に技術革命をもたらしたということが言えると思います。
今や技術的な向上が当たり前になり、ベースアップがなされた現今、城西支部のようなトレーニングは必須なのでしょう。

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