『○○を言うと運が遠ざかり、神仏の加護を得れない?』

こんにちは。

今日も興味深い話をしていきましょう。

98年『K-1グランプリ 98において、キックVS空手の対抗戦がおこなわれ、5鋒戦において、マイクベルナルドと極真のグラウべフェイトーザが対戦し、マイク1ラウンドTKO勝ちしました。

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 マイクベルナルド

その時のインタビューで、マイクは以下のようにコメントしてました。

「神に感謝したいと思います。

私がここにいれるのも神のおかげなのです。

この栄誉は神に捧げます。」

このコメントを見ると、マイクは非常に敬虔なクリスチャンだな、という思いがします。

私も、いろんなクリスチャンのいろんな友人がいて、そのそれぞれの派の会合の話しを聞くことが何回もありましたが、どうしてもクリスチャンになろうという気にはなれなかったですね(苦笑)。

「どうしてこの宗教に身を捧げようという気にこの人たちはなったのか?」と今も不思議でならないですね。

私は何回も書いているように、いろんな本を読むことで人生に必要な教訓は得れるので、とりたてて宗教に入る必要はないと思い、今もそれに変わりはないですね。

殊にキリスト教で使う聖書は、宣教師とともに読まなくてはわからない訓話がいっぱいあるので、宣教師に会える日まで待たなくてはならないのが億劫ですね(苦笑)。

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そんなことをしているよりも、人間関係やその他のジャンルの書店で売っている本ならば、1人で読めるので、時間を無駄にせずにいられます。

そういう意味でも、宗教にはのめりこめないですね。

他の宗教でも、一緒に勉強する会合等がありますが、その日まで待っているのではなく、積極的に読んで学んでいけばいいので、わざわざ会合に出席する必要はないと感じるのです。

いろんなジャンルの本を読むのに、難しい事などないのです。

義務教育を受けていれば誰でも読める内容なのです。

これは私の価値観で言っているので、宗教に入る人を批判しようとは思わないですね。

先のマイクのコメントを読むと、本気で神の加護を信じているんだなあと感心します。

そう感じているなら、そのまま突っ走っていってもらいたいな、と思います。

でもマイクは誠実な人柄で日本人にも人気があったのですが、残念ながら亡くなってしまったんですよね、非常に哀しいことです。

では、どうすれば神仏の加護をえれるのかということで、前々回に、極真空手の第1回世界大会で優勝した佐藤勝昭氏の言葉を引用しましたが、やはりとにかく稽古を重ね、スランプや挫折を乗り越えて打ち込むことで神仏の加護をえれる、ということを書きました。

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佐藤勝昭

これは当たり前すぎることですが、やはり重要だと思います。

それと、加護を得るためには日々の言動にも気を配らないといけないようですね。

人を貶す。

人の陰口を言う。

こういうことを平然としている人はやはり運が向かないし、神仏の加護はえれないようですね。

運がいい人はやはり人を貶さないし、人が過ちを犯しても反省の色があれば励ますことを忘れません。

こういう人が、やはり運を身に着け、神仏の加護を得ているのは、あなたの周りの人間を見ていればわかるでしょう?

●私は20代のころ、喫茶店でバイトをしましたが、そこに入るときにそこの店長と面接をして、その時に店長から「ウチで働くことで、これからの人生のステップ台にしてください!」と言われました。

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きっと礼儀等に厳粛なんだなと思ったのですが、実際に働くうちにその予想が当たりました。

逐一、こういう場合はこう言う、ああいう場合はああ言うということを細かく教わりました。

確かにこういったことを学べば、確かに人生のステップ台になるなと思いました。

これは非常に大事なことだ、と感心した次第でした。

教わるうちに日々成長の痕跡を感じていました。

しかし、他のバイトの人たちは,余程甘やかされて育ったのか、その店長の指導が気に入らないらしく、毎日毎日店長の陰口を言っていたのですね。

私以外のバイト人は全部です。

何も悪いことや間違ったことは店長は言っていないし、礼儀として当然のことを指導しているだけでした。

それなのに毎日毎日陰口を言っている。

私は悪いとは思わないので、決してその悪口には参加しなかったですね。

そうすると、他のバイト人は私の悪口まで言うようになったのです。

店長の悪口を毎日毎日聞かされてはたまらない!

私は、店長と面接したときに、「1年間できますか?」と訊かれたときに、「ハイ、できます!」と答えましたが、こんなレベルの低い人たちと一緒にいてはたまらない、と思い「何とか今すぐ辞めれる方法はないか?」と考え続けた結果、私は左手首に嘘の包帯を巻いて、「空手でケガをしてしまいました。」と店長に報告し、あと1週間で辞めれるようになりました(笑)。

店長との約束を果たせなかったのは残念でしたし、店長は非常に誠実な人でしたし、間違ったことは何ひとつ言ってない。

なのに一緒に陰口など言うことなどできないと私は判断したのですね。

自分の信念を曲げて、間違ったことなど言ってないのに精神的なレベルの低い人たちと一緒になって陰口を言っているようではだめですね。

レベルの低い人たちと一緒にいると、そういうレベルの低い霊が集まってそういうレベルになるように拍車を掛けるように手助けするのでしょう。

何言ってんだ?と思われそうですが(笑)、これまで見聞してきた本や話から判断するとそういうことになります。

逆に、人の悪口は決して言わず、人を褒めれる人たちには、そういうレベルの高い霊や神仏が集まって更にレベルの高い人になるように手助けしてくれる。

そう思わざるを得ないですね。

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空手でも同様に、一所懸命稽古している人には空手の神様が味方に付いて応援してくれるようになる、そうではないですか?

私は特定の神仏を奉る宗教は信じませんが、こういう神仏論は信じます。

これまで、見聞してきたことを吟味すれば、そのことは頷けるのではないでしょうか?

「そうだ!」と思った人は、参考にしてくださいませ。

1回くらいはいいや、と思い人の陰口を言う。

それだけで、聞いた人は不快に思い、あなたを信用しなくなることは間違いないですし、運を向かせることも、神仏の加護を得ることもできないでしょう。

そうなりたくないならば、信念をまげて陰口は絶対に言ってはなりません。

今回はこれにて失礼いたします。

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間違った方法で稽古していては強くなれずにいて、その期間が長くなると、人の悪口を言いたくなります。

そうなるとやはり運を身に着けることはできないのは言うを待ちません!

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ここまでの精読ありがとうございました。


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宗教に拘泥する危険性とは?

こんにちは。

何年か前に、深見東州さんの某本を読み、そこには以下のように書かれていました。

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深見東州

「私は仕事をする前に、家の中を掃除する。

その時に、綺麗に整頓し、いらないものがあったらすべて捨ててしまう。

そうすることで、気持ちがすっきりし、そして今日すべきことが明確になる。」

ということです。

あまりにありきたりな内容ですが(笑)、しかし、掃除をするかしないかで一日の仕事内容や精神的な状態は天地ほどの違いになってくることは間違いないです。

その内容に共感して、掃除をすることの大切さは身に染みてわかっています。

今日このブログを書くにあたり、部屋の中を掃除しました。

そのことでまず、心に涼風が吹きますね。

そして、いろんな部屋内に放置してあった書類や本、払い込み用紙などが出てきて、この書類はいつまでに処置するか、この本はいつ読むか、この払い込み用紙はいつまでに払うかといったことが明確になるのですね。

書類、本、用紙のことが分かれば、ネットでのビジネスのスピードも違ってきます。

効率が良くなります。

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しかし、掃除をしないでいると、書類、本、用紙のことなど認識できません。

整頓されていないと、その存在すら忘れてしまうのですね。

いろんなものに隠れたままでいますから。

それだと、部屋うちが汚いままで気分もよくなく、しかもすることが明確でないですから、仕事内容も愚鈍なままで、終わってしまいます。

1日中ネットサーフィンで終わってしまったりとか…
(苦笑)

しかし、掃除をすることで、それを認識することができ、そして今日することの内容が明確になるのです。

これは非常に大切なことです。

確かに、掃除をしないでいることは、気持ち的に楽です。

しかし私としては、今日することをシャキッとしてやっていきたいので、掃除のやり始めは、正直「かったるいな…」と思いますが、やり始めてしまえば、徐々に気持ちが乗ってきて、「やってしまえ!」という気分になり、さっきの気分が乗らなかったことが嘘のようになります。

しかし、これは空手の稽古と一緒ですね。

初めは「かったるいな…やりたくないな」と思うものの、道場にいって始めてしまえば、「もうやってしまえ!」と思うようになり、稽古が終わっても、「まだやっていこう!」と自主トレを1時間半以上してしまう。

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この本に出会えたことは非常に有意義だったと思います。

空手家にも参考になりますよね?

先日、創価学会の人が私の家に来ました。

そして、私の部屋に入って本棚を見るなり、深見東州さんの本を見つけるなりこう言いました。

「こんな本は捨てるべきだ。」

しかし私は、

「何でですか?この本にはいいこと書いてありますよ。」

するとその人は、

「そりゃ、どんな本にもいいことは書いてある。しかし、この人の宗教の根本が間違っているんだ。」

では、どうして根本が間違っているのか?

創価学会の宗教的根本が正しい理由は?

ということを問おうとしましたが面倒くさいのでやめました(笑)。

前にも書きましたが、宗教にぞっこんになる人は、文字嫌いな人が多いです。

ですから、自分の属している宗教の教義を勉強するだけで精いっぱいで、他の宗教について勉強することなどできた話ではないのです。

その人は、その深見東州氏の本を読んでもいないのです。

なのにこの宗教は間違っているなどという(笑)

間違っているのなら、せめてその本を全部読んでから結論付けたらどうか、と私は思うのですが、そうもしない。

なのに自分の宗教だけが最高峰と信じて疑わない…幼稚ですね(苦笑)。

まあその人の批判はそれくらいにして、私が言いたいのは、いろんな文字の媒体から、人生の指針は得れる、ということですね。

何も宗教に拘らずとも!

だから宗教に拘泥せず、いろんな本を濫読する。

それが私の勧めるスタンスであり、極真空手の創始者である大山総裁のスタンスでもありました。

深見東州氏は、「コスモメイト」なる宗教団体の長であるらしいですが、私が、この人の著作から感銘を受けたからと言って、そのコスモメイトの宗教に入れといいたいわけではないです。

心が怒りに占領されていると、物事がうまくいかなくなるという大川隆法氏の言葉を引用して提示しましたが、だからといって幸福の科学に入れと言っているわけではないのです。

その本の著作者が宗教家であろうが、なかろうが関係なく、自分がいいと思う箇所があったら、それを参考に自分の人生にいいようなるように行動することが大事なのではいか、ということですね。

宗教家が書いた、だから怪しいから読まない、というのは私は批判したいですね。

どんな本にでも良いことやためになることは必ず書いてありますからね。

あまりにも感銘の度合いが大きくて、「この人の宗教に入りたい!」と思ったら入るのもいいでしょう。

反対はしません。

しかし、私はそういう思いになったことは残念ながらないのですね。

参考にしてくださいませ。

今回はこれにて終了します。

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ここまでの精読ありがとうございました。


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【神仏を味方につける方法?】

こんにちは。

これまで空手と宗教についての話をしてきました。

こういったことについては空手人生に非常に大事と思いますので、これからもその続きを書いてきます。

今回は、極真空手の第1回世界大会優勝した佐藤勝昭氏の自叙伝から読者さんに大事と思うことを書いていきたいと思います。

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佐藤勝昭

佐藤氏第4回全日本大会に出場した時のことが自叙伝にしたためられています。

その時の描写が以下です。

2回戦のことです。

「双方とも、大した動きもなく、1分が過ぎた。

相手があまり仕掛けてこないので私は、攻勢に出ることにした。

左の前蹴りをフェイント気味に出し、すぐにその同じ足を上段に回した。

この左上段蹴りが見事に決まったらしい。

気が付くと相手はマットに倒れていた。

ノックアウトだ。

だが、私は相手をノックアウトしたという手ごたえが全くなかった。

一連の動きの中で左上段蹴りがあり、それがたまたま相手に当たった、という感じだ。

その蹴りも相手倒そうと意識して出したものではない。


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そして、3回戦の描写が以下です。

「試合開始後、30秒くらいだったろうか。

相手が、突っ込んできそうだと思った瞬間、私は右前蹴りのフェイントを出し、思い切ってジャンプして左上段蹴りを出した。

飛び二段回し蹴りだ。

相手は突っ込んできて、私の蹴りは空を切った。

一瞬の交錯があった。

着地してすぐさま相手に向かって構えるとなんと相手はマットの上でのびている。

相手が担架に乗せられ運び去られていく中で、飛び膝蹴りによる一本勝ちというアナウンスがあった。

そういえば、何か左の膝にショックを感じたような気がする。

だが、私としては空振りしたという気持ちがあっただけに、なぜ相手が倒れたのか不思議な気がした。


ということですね。

この時のことについて佐藤氏は以下のように書いています。

「私における第3回全日本大会の優勝や第4回のこの試合は、まさに自分の身体に神仏が乗り移ったとしか思えないし、今でもそう思っている。

しかし、神や仏が誰の体にも乗り移ってくれるわけではない。

長く、苦しい練習、幾多のスランプ、こういったものに打ち勝ってきたものだけに神仏は目をかけてくれるのだ。

さしたる努力もせず試合の前になって形だけで神仏の加護にあずかろうなどというのは虫が良すぎよう。


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また昭和47年のロサンゼルスオリンピックの新体操で金メダルを取った具志堅幸司選手の、その時の経験談に以下のがあります。

「この世に神様が存在するなら、私の優勝はまさに神様のおかげです。」

「私の身体はまるで自分のものでないような気がした。何かが乗り移っているみたいだった。」

「私の身体に神様が乗り移って演技した。気が付いてみると優勝していた。」

ということですね。

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   具志堅幸司

やはりことは空手であれ、新体操であれ、非日常的な行為にほかなりません。

その非日常的な行為は、自ら率先して取り組まないとものになりません。

空手なり新体操なりが、自分には大好きで、寸暇を惜しんで練習して練習して練習していくことによって、空手の神様、新体操の神様が味方に付いてくれて、その人が上手くいくように、その人の実力以上のものを出せるように援助してくれるのですね。

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そういう体験談は、佐藤勝昭氏具志堅幸司氏以外にも多くありますね。

やはり神仏を味方にするためには日々絶え間なる努力が必要ですね。

それと、前にも書きましたが、「勝利の女神」という言葉もあるように、その人智を超えた存在は、女性神の場合が多いようです。

ですからその女神に好かれるためには、練習に取り組むだけでなく、身体や部屋をいつも綺麗にしていかなくては駄目ですね。

汚い身体や部屋の人を女性は嫌います。

いくら練習しても勝てない人を観察すると、やはり不潔にしている人、部屋が汚いという人は多いですね。

そして、心に怒りを抱えている人もいくら練習しても勝てません。

怒りを抱えている人は、悪霊がその心を感知してその人が上手くいかないように邪魔をするのです。

そのことについては以下のページに書いたので、参考にしてください。
  ↓
http://rattroll.blog110.fc2.com/blog-entry-154.html


そして、女性を自分の恋相手にしたい場合は、とことんまで自分のことを好きという人に女性は惹かれるのです。

ルックスがいいからということで、「この女をものにしたら、見栄えが良くなるだろう!」という思いでアプローチしても相手の女性は全然嬉しくないですから、注意しましょう。

それと同様に、空手を見栄えでやっても、神仏は味方してくれませんから注意が必要です。

ほんとに空手が好きかどうかを自問自答しましょう。

見栄えでやっているなら辞めたほうがいいでしょう。

今回は以上です。

どうかあなたの空手人生に参考にしてくださいませ!

しかし、嫌いで空手をしている人に提案です。

空手を好きになるか、嫌いになるかは、受けてきた情報によって違ってくる場合もあるのです。

私は、嫌いで嫌いで仕方なかった時期がありましたが、ある情報を得て好きになった経緯があります。

第6回世界大会(松井派)で優勝した八巻建志も、「早く空手を辞めるにはどうすればいいか?」と自問自答していた時期があったようです。

嫌いだけども、何か煮え切らないような、未練が残るような気がしているなら以下の冊子を参考にしていただけたらと思います。

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では今回はこれにて終了します。

ここまで読んでいただきありがとうございます。


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