『日蓮の起こした宗教と極真空手の共通点?』

今回もブログを読んでいただきありがとうございます。

しつこいですが、また宗教に関する話をしましょう。

八巻建志、塚越孝行両世界チャンプは創価学会の人間である、ということを話しましたが、その創価学会の内部について若干話をしてきましたが、極真空手の精神と通ずる面はあるということでした。

建志
八巻建志

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塚越孝行

【すぐに結果が出なかったからといってやめるのではなく、己の信じる道を一途に続けていって結果を出す】

という部分に共通点を見ることができました。

また、その内部に人たちは非常に心優しくて、人の心を重んじる人たちが多い、ということもいえそうです。

人の心を軽んじる人間と一緒にいるよりもこういう人たちと一緒にいるほうが全然心地いいことは間違いありません。

それに、人を分け隔てなく付き合う人たちばかりであるということも一緒です。

世の中には、自分が友達と認めた人間に対しては、笑顔でにっこりしながらぺちゃくちゃしゃべるけれども、そうでない人に対してはポーカーフェイスで話し、挨拶もしたりしなかったり、話しを自分からしようという気が全くない、という人もいますが、学会内ではそういう人を見たことがないですね。

そういう部分も極真空手をしている人と共通してますね。

でもそこが誤解をしてしまう原点になるんですね。

そういう人の心を重んじる人たちが多い、ということで、科学的な広い視点でものを見れない信者さんは、「この宗教に入ればこの人も心を重んじる人になる!」とか「この宗教で祈ればこの人も優しい人に変わる!」と本気で思って身近にいる人の心をないがしろにする人を変えさせることができる、という誤解を抱いてしまうのですね。

それは全くの誤解ですし、的外れです!(笑)

前にも書きましたが、世の中には2通りのタイプがいて、

1つは、人の心を重んじるタイプ。

もう1つは、人の心を軽んじても全く気に留めないタイプ。

この2つがあるのです。

それは科学的に証明されています。

ですから、後者を前者のタイプに変えさせることなど、どんなことをしても無理なのです。

どんな宗教で祈ったって無理です。

それを可能などと、根拠薄弱なまま、「この宗教に入って祈れば大丈夫!」などと吹聴する信者がいるから誤解を招くのです。

世の中を見渡して見ればわかるでしょう?

30代40代50代60代になっても、友人と呼べる人が1人とか2人とかしかいなくても全然気に留めていない人が?

まあそういうのを友人と呼ぶのかどうかわかりませんが(笑)

あるいはゼロでも全然気に留めていない人もいますね。

だから広い視点を持って、「この宗教をたもてば、どんな人も優しい人に変えさせることができる!」などという嘘を吹聴するのはやめにしなくてはいけません。

もっと科学的な知識を身につけましょう!

また共通点として挙げれるのは、楽観主義ということですね。

私が、創価学会を観察して気づいたのは、楽観主義ということです。

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例えば、何かを習得しようとして上手くいかなかった。

そのとき、「ダメだなあ!お前じゃ無理だよ!」と言われるのと、

「こんな失敗誰でもするさ。気にしないで頑張れ。君ならできるようになるさ!」と言わるのとどちらが感動するか?

もちろん後者ですよね?

創価学会は、鎌倉時代の僧侶であった日蓮という人が始めた宗教がもとになっている団体で、その日蓮がその宗教を始める前の既存の宗教のほとんどは、運命は決まっていて人が何しようが変わらないんだ、という趣旨でしたが、日蓮はそれに異議を唱えて、

【人の運命や結果は人の努力によって変えることができるんだ!】

ということを言ったのです。

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      日蓮


それが多くの人の心をとらえて、多くの人を感銘させて、多くの人がその宗教に入っていって大きな宗教団体になったのです。

それもまた極真空手と一緒ですね。

うまく蹴れない、スパーリングでうまくいかないその姿勢を見て、極真空手では、「お前じゃ無理だよ。素質がないんだ。諦めな!」なんていうことは絶対に言いません。

「大事なのは継続だ。継続してやれば絶対に君でもできるようになるんだ!」という楽観主義でものをいうのです。

そういう部分が基本になっているのですね。

そこも感動した面ですね。

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その基本姿勢に感動し、私は左下段蹴りも初めは蹴れなかったですが、今は左上段蹴りも出せるようになりました。

日蓮のおこした宗教は、価値観やスタンスや解釈の違いによって分裂してしまい(極真空手と一緒ですね.笑)創価学会のほか日蓮宗、日蓮正宗、信叙苑、顕正会などなどいろんな団体に分裂してしまっていますが、その宗教は世界で200か国前後にまでわたっています。

それだけ多くの人の心を捉えるカリスマ的な思想が土台になっている、ということですね。

素晴らしいの一言に尽きます。

でも、前にも書いたように、その宗教だけにこだわるのは危険です。

いくらカリスマ的な思想家の始めた宗教でも、1個人の視野だけで展開した思想では限界がありますし、1000年近く前の教義が今でも全部有効かといえばそんなことはありませんし、それを補うためにも、その宗教の教義以外にもどんどん本を読んで、学べることは学んでいって矯正していかなくてはいけません。

その宗教だけでうまくいくはずはなく、だからこそ「この宗教に入っていくら祈っても人生うまくいかなかった!」と言って辞めていく人や、その不満をぶちまけてYouTubeに投稿する人がいるのです。

ですから、その宗教に入って安住するのではなく、その他にもいろんなことを学んでいく謙虚な姿勢がほしいですね。

八巻、塚越両選手が創価学会員であるということで、「入らなくちゃ!」などと短絡な思いになるなということを前に書きましたが、それを更に矯正することを書きましょう。

と言いたいところですが、それを詳細に展開していくと非常に長くなるので、読者さんも疲れてしまうので次回に続きます(笑)。

ここまで読んでいただきありがとうございました。

●今回紹介したいのは八巻建志の自叙伝ですね。

宗教に入って祈るだけで事は成就できないのは明白です。

この本を読めば八巻氏本人は、祈るだけでなく空手に対する貪欲な知識欲を募らせ、どんどん吸収していった、ということが分かるはずです。

こういう姿勢をあなたにも学んでもらいたいと思います!

以下よりどうぞ。
  ↓



光輝の拳―八巻建志自伝

今回はこれにて失礼いたします。


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